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名古屋高等裁判所 平成3年(ネ)789号 判決 1994年4月27日

東京都小平市学園東町一丁目七番一四号

控訴人

武蔵野機工株式会社

右代表者代表取締役

荻原五朗

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巌

右輔佐人弁理士

北野好人

飯島紳行

岐阜市日光町八丁目三九番地

被控訴人

入来院正巳

右訴訟代理人弁護士

廣瀬英雄

右輔佐人弁理士

恩田博宣

"

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右部分にかかる被控訴人の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張として次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示及び当審記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  控訴人は、実施行為としてイ号物品の「生産」、「譲渡」のみを行い、イ号物品の「使用」をしていない。一方、製造販売時のイ号物品は、本件発明の技術的範囲に属しないから、実施行為としてイ号物品の製造販売のみを行う控訴人は、本件特許権を侵害してはいない。被控訴人としては、使用行為を行っていない控訴人に対して行為の差止め及び損害の賠償を求めるのであれば、その根拠を示さなくてはならないが、これは明らかにされていない。また、控訴人の行為は、特許法一〇一条のいわゆる間接侵害にも当たらない。

2  被控訴人は本件発明を自ら実施していないので、仮に被控訴人に損害が発生したとしても、特許法一〇二条一項の規定に基づいて控訴人の得た利益の額と被控訴人の被った損害の額とが同額であると推定することはできない。

3  後記被控訴人の主張1ないし3は争う。

なお、被控訴人の主張3に関しては、本件発明の実施料率としては一パーセント未満が相当であり、被控訴人主張の実施料率八パーセントは高きに過ぎる。

二  被控訴人の主張

1  本件発明は、本件特許出願時の公知技術(従来技術)の有する問題点を解決するものであり、従来技術と比べて「フィルターを簡単にU字溝の排水孔に対して取付け固定ができ、その取付作業を簡便化することができる」という作用効果を奏するものである。

そして、イ号物品は、程度の差こそあれ本件発明と全く同様の作用効果を奏している。本件発明の実施品とイ号物品とは、一見その取付けやすさに相違が見られるものの、この相違は、単にスカート状の挿入部(イ号物品ではツバ部)の長さ、あるいは、テーパーの角度の違いによる程度の差にすぎない。従来技術との対比においては、イ号物品もまた、本件発明と同様に「フィルターを簡単にU字溝の排水孔に対して取付け固定ができ、その取付作業を簡便化することができる」という作用効果を奏している。

2  仮に、イ号物品が、不使用時(製造販売時)において本件発明の構成要件を具備しておらず、本件発明の直接侵害に当たらないとしても、次の理由により、イ号物品は本件発明を侵害している。

(1) イ号物品は、本件発明にかかる土砂流出防止用排水フィルターの「生産にのみ使用する物」に該当し、特許法一〇一条のいわゆる間接侵害を構成する。

(2) イ号物品は、本件発明の構成要件の比較的重要でない一部を省略し、本件発明の目的とする効果を十分に発揮することのないようにしたものであって、いわゆる改悪発明、不完全利用に該当する。

(3) イ号物品は、本件発明と技術的に均等であるか、単なる設計変更に該当する。

3  仮に、控訴人の利益額をもって被控訴人の損害額とするとの主張が認められないとすれば、被控訴人の損害額は実施料相当額ということになり、昭和六二年七月から原審口頭弁論終結時である平成三年九月二五日までのイ号物品の総販売額一一〇六万七一三五円に実施料率八パーセントを乗ずると、実施料額は八八万五三七一円となる。

4  控訴人の主張1、2は争う。

理由

一  請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、イ号物品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  右の当事者間に争いのない事実と甲第一号証によれば、イ号物品は、コンクリート製U字溝等の側壁に透設された排水孔に取り付けて、U字溝外の土砂が水とともにU字溝内に流出するのを防止するために用いられる土砂流出防止用排水フィルターであり、本件発明と技術的分野を同じくするものであると認められる。そして、本件発明の構成要件とイ号物品の構成要件とを比較すると、イ号物品が本件発明の技術的範囲に属するか否かを判断する上で特に検討を要するのは、(1)第一に、本件発明では、蓋部の外周から突設したスカート状の挿入部が設けられている(構成要件<2>)のに対し、イ号物品では、フィルター部の外周からフィルター表面と平面に一体的に形成されたツバ部が設けられているが、イ号物品のツバ部は本件発明の構成要件であるスカート状の挿入部に該当するのか否か、(2)第二に、本件発明では、挿入部先端部がその基端部よりも外方へ広がるように形成されているとともに、同挿入部にはその先端部側から一個以上のスリットが切込み形成され、弾性的に収束可能になっている(構成要件(3))のに対し、イ号物品では、ツバ部は、基端部から先端部にかけて次第に薄くなり、その先端部から八個のスリットが切込み形成されているが、イ号物品のツバ部がこれに形成されたスリット等により右スカート状の挿入部と同様に弾性的に収束可能な性質を有するのか否かである。

2  ところで、右甲第一号証によれば、本件特許公報の「発明の詳細な説明」の欄には、(1)従来技術においては、土砂流出防止用排水フィルターをU字溝の排水孔に設置するにはフィルターを接着剤により排水孔に固定する方法によっていたため、接着剤の塗布作業をする必要や排水孔に係止フランジを嵌合させるための係止段部を作る必要があり、そのため、U字溝の型取り作業に余分な手間がかかったり、フィルターの排水孔に対する取付作業が複雑化するという問題が生じていたこと、(2)本件発明の目的は、右のような問題を解消して、フィルターを簡単にU字溝の排水孔に対して取付け固定することができ、その取付作業を簡便化することができる土砂流出防止用のフィルターを提供することにあること、(3)そして、本件発明は、スカート状の挿入部先端部がその基端部よりも外方へ広がるように形成されているとともに、同挿入部にその先端部側から一個以上のスリットが切込み形成され弾性的に収束可能になっていることにより、フィルターを簡単にU字溝の排水孔に対して取付け固定することができ、その取付作業を簡便化することができる効果を奏するものであること、との記載があることが認められる。

右の事実によれば、本件発明におけるスカート状の挿入部は、フィルターを排水孔内に取付・固定するとともに、フィルターの取付作業の簡便化を図ることを目的とするものであって、後者の目的を達成するため、弾性的に収束可能な作用効果をもたらす構成を必須のものとすると考えられる。

3  そこで、イ号物品が右のような目的・作用効果を具備するものか否かを検討するに、まず、甲第六号証の一ないし一〇、第七号証、原審証人鈴木孝夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、実際に排水孔に取り付けられたイ号物品のツバ部の多くは、その基端部において反対方向に折れ曲がり、排水孔の周壁に密接して筒状で裾広がりのスカート状の形状を呈しており、また、イ号物品のツバ部は、積極的に付加されたものではないけれども、ある程度フィルター部の中心軸方向への弾性を有していて、イ号物品は、これらの性質をもってフィルターを排水孔内に係止し、これを取付・固定することができるものと認められる。したがって、フィルターを排水孔内に取付・固定するという点においては、本件発明におけるスカート状の挿入部とイ号物品のツバ部との間に特に差異は存しない。

次に、フィルターの取付作業の簡便化という点について見ると、弁論の全趣旨によれば、本件発明におけるスカート状の挿入部は、それ自体、フィルター部の径方向に対する弾性を有しており、フィルターの取付作業時において弾性的に収束可能な状態にあるから、これに撓むような力を加えるとフィルターを安定した状態で円滑に排水孔に挿入することができ、また、弾性的な復元力により、取付作業時の仮固定あるいは仮保持を容易に行うことができるものであって、これらの性質をもってフィルターの取付作業の簡便化を達成することができるものと認められる。これに対し、弁論の全趣旨によれば、イ号物品のツバ部は、円錐台形状の排水孔に挿入しやすくなるような形態上の工夫が一切なされていないし、その寸法は三ミリメートル程度で本件発明の実施品の約七分の一にすぎず、また、取付作業時にはいまだフィルター部の径方向に対する弾性を有していないため、これに撓むような力を加えた状態で排水孔内に挿入することは容易ではなく、この挿入には相当の力を要する上、フィルターの取付作業時に加えられる力の状態(支点、力点、作用点の位置)によっては、フィルターが回転するため、取付作業時の仮固定あるいは仮保持さえ容易に行うことができないものと認められる。

この点に関しては、前認定のとおり    使用状態において、イ号物品のツバ部の多くは、スカート状を呈しており、かつ、ある程度の弾性力を有するものであるが、これはイ号物品を排水孔内に挿入し取り付けた結果として生じる状態であって、これにより取付作業自体が簡便化されるものではない。

また、被控訴人は、従来技術との対比においては、イ号物品は、程度の差こそあれ、本件発明と同様に取付作業の簡便化の目的を達成するものであると主張する。しかし、イ号物品は、取付時に接着剤を使用しない点において従来技術より簡便であると言い得るものの、排水孔への挿入の容易さにおいて本件発明の実施品に著しく劣るものであり、前記のとおり、簡便化の目的を達成する上で必須と言うべき、弾性的に収束可能な構成を具備するものでもないから、本件発明とイ号物品との間には、取付作業の簡便化の面において、単なる程度の差にとどまらない本質的な相違があるものと言うべきである。

4  したがって、イ号物品のツバ部は、フィルターの取付作業の簡便化という目的を達成し得るものではなく、本件発明におけるスカート状の挿入部に該当するとは認められないし、これが弾性的に収束可能な作用効果を奏しているとも認められない。

そうすると、イ号物品は本件発明の構成要件<2>、<3>を具備するものとは言えないから、イ号物品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断される。

5  なお、本件発明におけるスカート状の挿入部は、前記のとおり、本件発明の最も重要な構成要素であるから、これを欠くイ号物品は、いわゆる改悪発明ないし不完全利用には当たらないし、本件発明と技術的に均等であるとか単なる設計変更であると言うこともできない。

また、イ号物品が本件発明にかかる土砂流出防止用排水フィルターの「生産にのみ使用する物」と言い得ないことは明らかであり、イ号物品が特許法一〇一条のいわゆる間接侵害を構成するとの被控訴人の主張も理由がない。

三  以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求のうち原判決主文第一項ないし第三項にかかる部分はいずれも理由がないから棄却すべきであり、これと異なる原判決は不当であって、本件控訴は理由がある。

よって、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消した上、右部分にかかる被控訴人の各請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪瀬俊雄 裁判官 河邉義典 裁判長裁判官渡邉惺は、退官につき署名  することができない。 裁判官 猪瀬俊雄)

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